映画『ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺計画

高須クリニックの高須院長と民進党の有田芳生議員がモメてる。ことの発端は有田議員が「ナチスクリニック」と揶揄したことにあるらしい。詳しくはわからないが、要は「言った、言ってない」、そして所謂“活動家”的な人たちとの関係を高須先生が有田議員にTwitter上で問いただしたことに始まる。
「ナチスクリニック」はヒドい。例え有田議員の言葉ではないとしてもこの言葉はヒドい。確かに高須先生は右寄り思想が強い方だし思想的にも私は共感できない部分が多い。でも、決して「ナチス」のような人ではない。むしろ高須先生は素晴らしい方だと思っています。災害時での対応や、もめた相手に対しての最低限のマナーを守る真摯な態度、そしてどんな批判に対しても逃げない。思想は合わないけど尊敬に値する立派な方だと思ってます。
それに対して有田議員のことは正直、私は応援できない。むしろ政治家としての資質すら疑っている。ここ数年の氏の言動・行動、どれを見ても何のために、そして誰のために政治活動をしているのかサッパリわからない。そんなこともあり、今回の件も恐らく有田議員側に非があるのだろうなぁと感じてしまう。
民進党は前原新代表が濃厚だけど、有田議員とは政治思想がまったく合わないだろう。民進党は新代表のもとこのあたりを今一度見つめ直した方が身のためだ。

高須クリニックを「ナチスクリニック」と揶揄したり安倍首相を「ヒトラー」と揶揄したりする人たちいるけど、ナチスやヒトラーに関する本を一冊でも読んだことあるのか?映画を一本でも観たことあるのか?と問いたい。今の日本がヒトラー、ナチスドイツのような国だったら決してそんな揶揄はできないんだよ。そうゆう無駄に煽る行為がどれだけ堅実的な論争を遠ざけてるか。「オオカミ少年」のように意味のないときに大きく騒ぐと本当の危機の時に手遅れになるのだよ。今の日本に比べナチスがどれだけ残酷だったか映画を一本でも観ればわかります。

現在公開中の『ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺計画』は是非観てもらいたい。私は新宿武蔵野館で観てきました。
【作品詳細】
ヒトラー、ヒムラーに次ぐ、ナチス第3の男ラインハルト・ハイドリヒの暗殺を、史実をもとに描いたサスペンス。第2次世界大戦直下、占拠地域をヨーロッパのほぼ全土に広げていたナチスで、ヒトラーの後継者と呼ばれたナチス高官ラインハルト・ハイドリヒは、ユダヤ人大量虐殺の実権を握っていた。ハイドリヒ暗殺計画を企てたイギリス政府とチェコスロバキア亡命政府は、ヨゼフ、ヤンら7人の暗殺部隊をパラシュートによってチェコ領内に送り込む。プラハの反ナチス組織や家族との接触など計画は進み、不可能に思われた暗殺のミッションは成功。しかし、ハイドリヒへの襲撃に憤慨したナチスは、常軌を逸した報復を展開する。ヨゼフ役を「ダークナイト」3部作、「インセプション」のキリアン・マーフィ、ヤン役を「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」のジェイミー・ドーナンがそれぞれ演じる。(原題『Anthropoid』本編/120分 2016年/チェコ、イギリス、フランス 配給:アンプラグド)


少し前に同じくナチス政権下のベルリンで暮らす労働者階級の夫婦を描いた映画『ヒトラーへの285枚の葉書』を観ました。この作品も素晴らしかったのですが、本作『ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺計画』もとても素晴らしい作品でした。

母国がナチスの手に堕ちる。圧倒的な武力と強権的な政治。女性、子供問わず同胞が無慈悲に殺される。このままでは…ナチスに抵抗するために暗殺を計画する。もし自分が同じ立場だったらどうするか…。
映画のレビューや作品としての作りなどはプロの評論家たちの方が優れているのでそちらを参考にしつつ、わたしのこのサイトでは常に「自分」に置き換えて考えて書いていきたい。

もし自分がヨゼフ、ヤンらのように暗殺を命じられたらどうするか。例えば日本がどこかの国に武力的に制圧され、多くの日本人の命が理由もなく奪われ続けることになったら…それでもたぶん立ち上がる事はできないと思う。心の中では反発しながらも屈してしまうと思う。「愛国心」がないわけではないけど、そこまで行動に移すことはできない。たぶん多くの人が同じだと思う。
これは時代の問題ではなく、昔から今まで、世界中で同じだと思うんですよね。普通に生活してる人たちにとって「国家」とかは関係ない。幸せで、安定した、平和な生活を求めているだけ。武力衝突なんて誰も求めてない。
それでもナチスが台頭してきた当時は戦わなければいけなかった理由があるのもわかる。武力衝突なんて求めてないけど戦わなければいけない葛藤。だからこそ暗殺部隊で作戦に参加しながらもそれぞれが思い悩む。

この暗殺作戦はハイドリヒを討つことはできたが、ナチスによる報復で多くの尊い命が奪われ払った代償はとても大きい。結果としてこの暗殺作戦が成功だったと言えるかはわからない。
ただ、命を賭して戦わなければいけなかった、命を賭すほどの戦うべき相手がいたことがこの時代の不幸だったように思います。

この映画は当時の空気感をとても上手く描いている。役者の表情、カメラワーク、色彩、音響、全てに当時の“嫌や”空気感が漂っている。ただこの“嫌な”空気が当時の時代そのものであり、そこを生きた人々の気持ちだったのだろうと思う。

こうゆう時代を上手く描いた映画を一本でも観ることによって、今の日本に飛び交う乱暴な揶揄が少しでも減ると思うのだけどな。
とても素晴らしい作品でした。

『後悔と反省の狭間で』

なんとなく思ったことを、ただなんとなく書いています。映画や舞台が好きなのでそのあたりの記事が多めになります。

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