映画『ナラタージュ』

ヒデと幸せになったはずのみね子が…

TOHOシネマズ渋谷にて映画『ナラタージュ』観てきました。
【作品詳細】
2006年版「この恋愛小説がすごい」第1位に輝いた島本理生の同名小説を、松本潤&有村架純の共演で映画化。「世界の中心で、愛をさけぶ」などで知られる恋愛映画の名手・行定勲監督がメガホンをとり、禁断の恋に落ちる高校教師と元生徒が織り成す純愛を描く。大学2年生の泉のもとに、高校時代の演劇部の顧問・葉山から、後輩たちの卒業公演への参加を依頼する電話がかかってくる。高校時代、泉は学校になじめずにいた自分を助けてくれた葉山に思いを寄せていたが、卒業式の日に起きたある出来事を胸にしまったまま、葉山のことを忘れようとしていた。しかし1年ぶりに葉山と再会したことで、抑えていた恋心を再燃させてしまう。一方、葉山もまた泉に対して複雑な思いを抱いていた。
(本編/140分 2017年/日本 配給/東宝、アスミック・エース)


「ナラタージュ」とは、「ナレーション」と「モンタージュ」からなる造語で、主に映画などの回想シーンなどに用いられる技法のこと。本作も泉(有村架純)の過去を振り返る回想ナレーションの基、物語が進んで行く。

どこまでも“行定勲”な映画でした。
「プール」で出会い、「雨」で展開し、「シャワー」で爆発する。泉と葉山(松本潤)は“濡れた”ときに心が近づく。“濡れる”ことで涙を、悲しみを隠すことができたからなのか。
だからこそ、一緒にいるときはいつも“晴れている”小野(坂口健太郎)とは上手くいかない。小野の実家で観た満天の星空、一緒に手作り弁当を食べた公園、常に晴れすぎているから“闇”が見えたときに目立ってしまう。

この映画に出て来る人物はみんなダメ。大人なのにダメ。全然ダメ。でも、そんなもんなんだよな。どれだけ大人になったって恋愛なんてこんなもん。だからこそこの話が受け入れられるのだと思う。

脚本的にも、演出的にもよく出来た映画だと思います。松本潤さんもイメージする“松潤感”はないですしね。有村架純さんも『ひよっこ』の時のみね子とのキャラの差が違いすぎて本当に素晴らしい女優だなと改めて思う。
微妙だなと思うのは、運転中の車中のシーンで前からのショットはいらなかった。あれは不自然極まりない。
あとは、予告編があまりにもネタバレをしてること。あの予告編はダメだ。これは本作を観ればわかると思います。

ネタバレになりますが、最後にどうしても言いたいのは、

結局、最後は抱くんかい!!


これに尽きる。泉と葉山、色々あった二人は最後別々の道を進むのだけど、最後の最後に泉は「最後に先生の家にもう一度行きたい」とか言って、家で盛り上がっちゃうわけですよ。こんなん完全は「思い出セックス」ですよ。「最後にもう一回」ってやつですよ。最後に「なんなんそれ」状態ですよ。
しかも、高校の卒業式のとき葉山は泉にキスしてたんですよ。「そこもやってたんかい!」ですよ。
映画の作りとしては面白いのに、なんか最後が納得いかない作品でした。

『後悔と反省の狭間で』

なんとなく思ったことを、ただなんとなく書いています。映画や舞台が好きなのでそのあたりの記事が多めになります。

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