映画『ザ・シークレットマン』

ヒューマントラストシネマ渋谷にて映画『ザ・シークレットマン』観てきました。
【作品詳細】
「ウォーターゲート事件」の全容と事件を内部告発したFBI副長官の姿を、リーアム・ニーソン主演で実話をもとに映画化したサスペンスドラマ。アメリカ合衆国史上初めて任期半ばで辞任に追い込まれたリチャード・ニクソン大統領。その引き金となったウォーターゲート事件の捜査の指揮にあたったFBI副長官マーク・フェルトは、なかなか進展しない捜査の裏にホワイトハウスが捜査妨害をしていることを察知し、事件自体がホワイトハウスの陰謀によるものであることを悟る。大統領に忠実なL・パトリック・グレイFBI長官に捜査協力が期待できない中、フェルトは事件の真相を明るみにするため、大胆な決断をする。フェルト役を「96時間」「シンドラーのリスト」のニーソン、妻オードリー役を「トスカーナの休日」のダイアン・レインが演じる。監督は「コンカッション」「パークランド ケネディ暗殺、真実の4日間」のピーター・ランデスマン。「オデッセイ」「ブレードランナー」のリドリー・スコットが製作。
(原題/『Mark Felt: The Man Who Brought Down the White House』 本編/103分 2017年/アメリカ 配給/クロックワークス)


「なぜ邦題が『ザ・シークレットマン』なんだろう…」
「“シークレットマン”ってなんやねん…」
「また邦題改悪問題だよ…」

そんなことを鑑賞後思った。
この流れの邦題を付けるとしたら絶対に『ディープ・スロート』にした方が良かったのではないか。 大切だよ邦題は。

それはともかく、映画自体は面白かったな。
忖度、忖度、また忖度。
40年以上前の政治スキャンダル事件を題材にした映画なのに今も何も変わらない。
どこに正義があるのかとゆうものでもなく、最初からどこにも本当の正義なんてない中で組織のため、国のためと信じ大きな敵に立ち向かっていく。

“光”を照らせば大きな“闇”が見つかるわけではない。その時に自らも“闇”となる必要があるのか。
トランプ大統領以前と以後であらゆる政治環境が変わった世界において40年前の政治スキャンダル事件を映画にした本作のメッセージは深いと思う。
今の日本にとっても観る意味のある作品。

『後悔と反省の狭間で』

なんとなく思ったことを、ただなんとなく書いています。映画や舞台が好きなのでそのあたりの記事が多めになります。

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