映画『ナチュラルウーマン』

新宿シネマカリテにて映画『ナチュラルウーマン』観てきました。
【作品詳細】
「グロリアの青春」のセバスティアン・レリオ監督が、自分らしさを守るため差別や偏見に闘いを挑んだトランスジェンダーの女性を描き、第90回アカデミー賞で外国語映画賞を受賞した作品。ウェイトレスをしながらナイトクラブのシンガーとして歌うトランスジェンダーのマリーナは、歳の離れた恋人オルランドと暮らしていた。しかし、オランドは自身の誕生日の夜、自宅のベッドで意識が薄れたまま亡くなってしまう。最愛のオルランドの死により思いがけないトラブルに巻き込まれ、容赦ない差別や偏見を受けるマリーナは、女性として生きていく権利を胸に前を向いて歩くことを決意する。主人公のマリーナ役を自身もトランスジェンダーの歌手であるダニエラ・ベガが演じる。
(原題/『Una Mujer Fantastica』 本編/104分 2017年/チリ、アメリカ、ドイツ、スペイン 配給/アルバトロス・フィルム)


本年度アカデミー賞外国語映画賞受賞作品なのだからもっと日本でも話題になってもおかしくない作品であるし、もっと多くの人に観られるべき作品。

自身もトランスジェンダーであるダニエラ・ベガが演じるマリーナは最愛のパートナーを亡くしてしまう。彼の家族や取り調べを受けた警察からは言われようのない理不尽な差別を受ける。それは彼女がトランスジェンダーであるから。

トランスジェンダーの方をテーマとした映画は多い。でも、おかしいですよね。本来、“トランスジェンダー”がテーマになることがおかしいはず。だって普通のことのはずだから。
本作でもマリーナは言われようのない差別を受けるような行動も発言もしていない。生活を共にしていた最愛のパートナーが亡くなったときに取る普通の行動を起こしていただけ。
それなのに時には非人道的とも言える行為で差別を受ける。

絶対におかしいですよね。
肉体的な“性別”と、自己の“性認識”、それと“性対象”が同性なのか異性なのか。あらゆる組み合わせがあって良いし、全てが普通のこと。
だからこそいつまでも“トランスジェンダー”がテーマの映画が作られることがおかしい。
おかしいのだけど、今はまだ作り続けていかないといけないのが現状。そういった意味でこの映画の放つメッセージはまだまだ力強いものがある。

マリーナを差別している者たちはマリーナのことを“異常”と見るが、いったいどっちが異常なのだか。
今一度、自分の差別意識を見つめ直すためにも観るべき一作。

『後悔と反省の狭間で』

なんとなく思ったことを、ただなんとなく書いています。映画や舞台が好きなのでそのあたりの記事が多めになります。

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