映画『ラッキー』

渋谷アップリンクにて映画『ラッキー』観てきました。
【作品詳細】
「パリ、テキサス」「ツイン・ピークス」で知られる個性派俳優で、2017年9月に逝去したハリー・ディーン・スタントンの最後の主演作。「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」などの名脇役ジョン・キャロル・リンチが初メガホンをとり、スタントンに当て書きしたという90歳の気難しい現実主義者ラッキーを主人公に、全ての者に訪れる人生の最後の時間を描く。神など信じずに生きてきた90歳の男ラッキー。ひとりで暮らす部屋で目を覚ますとコーヒーを飲んでタバコをふかし、なじみのバーで常連客たちと酒を飲む。そんなある日、自分に人生の終わりが近づいていることに気付いた彼は、「死」について思いを巡らせる。子どもの頃に怖かった暗闇、去っていったペットの亀、戦禍の中で微笑んだ日本人少女。小さな町の住人たちとの交流の中で、彼は「それ」を悟っていく。スタントン本人の体験に基づくエピソードが描かれるほか、長年にわたるスタントンの盟友デビッド・リンチ監督が主人公の友人役で登場。
(原題/『LUCKY』 本編/88分 2017年/アメリカ 配給/アップリンク)


90歳のラッキーは毎日同じルーティンの生活を送っている。
タバコを吸い、ミルクを飲み、ヨガをして、ヒゲを剃り、カフェに出かけ、クロスワードパズルをやり、買い物をし、文句を言い、クイズ番組を観て、バーに行き、語り合い、そして眠る。
家族はおらず、結婚歴もなく、子供もいない。毎日同じルーティンで生活しているので自ずと街の人たちとの関係は出来ている。
ラッキーは「孤独と独り暮らしは違う」と言うが、どこか“孤独”に映る。

ある日、自宅で倒れたことから“死”を意識し始める。そこで意識したのは死への“覚悟”ではなく、死ぬことへの“恐怖”。
その“恐怖”を感じながらも、毎日出会う街の人たちとの交流の中で、“死への意識”、個としての“存在意義”を感じていく。

カフェで出会った退役海兵隊員が戦時中に日本で会った絶対的な恐怖の中で心の底からの笑顔を見せた少女はその“恐怖”の中で何を悟ったのか。
友人の長年生活を共にした200年生きるリクガメはなぜここにきていなくなってしまったのか。

存在とは“無(空)”である。

この映画は「どう生きるか」を考えるのではなく、「死への向かい方」を考える映画だ。
名優ハリー・ディーン・スタントンが人生最後に世に送り出したメッセージには考えさせられるものがありました。

『後悔と反省の狭間で』

なんとなく思ったことを、ただなんとなく書いています。映画や舞台が好きなのでそのあたりの記事が多めになります。

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