映画『判決、ふたつの希望』

TOHOシネマズシャンテにて映画『判決、ふたつの希望』鑑賞。
出典:公式サイト


【作品詳細】
キリスト教徒であるレバノン人男性とパレスチナ難民の男性との口論が裁判沙汰となり、やがて全国的な事件へと発展していく様子を描き、第90回アカデミー賞でレバノン映画として初めて外国語映画賞にノミネートされたドラマ。主演のカエル・エル・バシャが第74回ベネチア国際映画祭で最優秀男優賞を受賞するなど、国際的に高い評価を獲得した。クエンティン・タランティーノ監督作品でアシスタントカメラマンなどを務めた経歴を持ち、これが長編4作目となるレバノン出身のジアド・ドゥエイリ監督が、自身の体験に基づいて描いた。
(原題『L'insulte』 2017/レバノン・フランス合作 配給:ロングライド)
引用:映画.com


reference:YouTube



些細な揉め事が民族、宗教、歴史、イデオロギーを巻き込んだ大きな論争を巻き起こす。
ただ謝罪が欲しかった男と、自分の非は認めるが謝罪は出来ない男。
お互いが持つのは民族としてのプライドや個人のイデオロギーからくるものなのか。
もっと言えば個人の尊厳。
頭ではわかっていても納得できないことがある。
社会としては前に進んでいかないといけないけど、個人としてはなかなか難しい。
これはレバノンに限った話ではなく、世界中で起きている現実的な問題。

邦題の『ふたつの希望』は何を表すのか。
まったく違うように見える二人も職人としてのプライドや、「ここまで大事にするつもりはない」とゆう気持ちは同じ。
分かり合えないように見えても必ずどこかに心が通じる部分がある。

終盤、パレスチナ難民の被告ヤーセルがレバノン人の原告トニーを訪ね侮辱する言葉を投げかけます。
血がのぼったトニーはヤーセルを殴る。
この裁判のキッカケとなったときの逆のパターン。
殴られたヤーセルは「謝罪する」と言ってその場を立ち去ります。
 ヤーセルは「私がやったことは謝罪する。ただ、私の気持ちもわかって欲しい」とゆう想いだったのではないか。

民族、歴史、宗教、イデオロギー…片方だけが正義という事は絶対ない。
どんなに対立していてもそれぞれの正義がある。
 プライドがある。
だからこそ争い続ける。
それでも社会は前に進んでいかなければならない。
判決が出た後のトニーとヤーセルが目を合わせたときの表情、ここにそれぞれの希望、ふたつの希望がある。
評判に違わぬ大傑作でした。

『後悔と反省の狭間で』

なんとなく思ったことを、ただなんとなく書いています。映画や舞台が好きなのでそのあたりの記事が多めになります。

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