映画『母さんがどんなに僕を嫌いでも』

新宿ピカデリーにて映画『母さんがどんなに僕を嫌いでも』鑑賞。
出典:公式サイト


【作品詳細】
小説家・漫画家の歌川たいじによる同名コミックエッセイを太賀、吉田羊の共演で映画化。タイジは幼い頃から大好きな母に愛されることなく育てられた。母からの愛の欠乏、さらに壮絶な家庭環境に耐えかね、17歳で家を飛び出し、1人で生きることを選択したタイジだったが、友人の言葉に動かされて母ときちんと向き合う覚悟をする。大人になってもタイジを拒絶する母。そんな母からの愛を取り戻すため、タイジは母に立ち向かっていく。タイジ役を太賀、母・光子役を吉田がそれぞれ演じ、「レディ・プレイヤー1」の森崎ウィンをはじめ、白石隼也、秋月三佳、木野花らが脇を固める。監督は「すーちゃん まいちゃんさわ子さん」の御法川修。
(2018/日本 配給:REGENTS)
引用:映画.com


予告編(reference:YouTube)



グッとくるシーンあったし、確かに泣けた部分もある。
ただ、この映画を「感動作」と言うのは違うと思うし、この物語を「良い話」として扱っていいのかも疑問。

「お母さんに変わって欲しければまずは自分が変わらなきゃ」

と、太賀さん演じるタイジは友達に言われるのだけど、私は「何を言ってんだよ」と言いたい。
あんな親なんて捨てていいよ。
親が子供にする虐待は100%親が悪い。
子供に何の非があると言うのだよ。
タイジの少年期なんて何にも非がなく、苦労して頑張ってやっとここまで来たのにそれで親とまた仲良くなるために自分が変われなんてよく言えるなと。

“仲間が出来て母親との嫌な思い出から吹っ切れた”

で止まれば良い話なのに、そこから母親に子供側から頑張って寄り添うとか、ちょっともう意味がわからなかったな。

映画に対してあまり批判はしたくないのだけど、現実にある虐待問題を考えればこの映画のアプローチの仕方は正直どうなの??と思ってしまったな。

『後悔と反省の狭間で』

なんとなく思ったことを、ただなんとなく書いています。映画や舞台が好きなのでそのあたりの記事が多めになります。

0コメント

  • 1000 / 1000